ちょっとタイトルからしてあれかもしれませんが決して差別をしたくて書いてるのではないのでご了承を。ほとんどは人間性の問題です。
私は介護のお仕事をしたことがあるので一応大変さは理解してるつもりです。そして実際経験をして介助について特に苦はありませんでした。身体が大きい人は大変でしたが・・・(^^;)
あの頃は20代でしたから、今やったらちょっとしんどいかもですけど。
大変なのはその人の性格に対してでしたね。認知症も人格が変わることもあるので人によって苦労したことがあります。
まぁほんと大変ですよ。ヒヤリハットの連続ですから。介助のやり方を知らないと怪我をさせてしまう。あと自分の体調管理にも関係しますし。
割に合わないことばかりなのでもうちょっと給料を上げてもいいんじゃないの?って私も思います。介護報酬に上限があるんでその関係でなかなか・・・といったところ。
生まれつき脳性麻痺の女の子とも接したことがあります。
ちょっとはね、我儘を言ってもいいんですよ。何故ならそう表現しないと伝わらないからです。それで嫌になる介護スタッフはいるんでしょうけど、私たちって今健康な身体でも、いつどうなるかわからないし、過去生で一回くらいは障害の身体を持って生まれてきていることもあります。
ただ記憶にないだけでね。
我儘は言ってもいい。
ただ周りの大人たちの接し方によってそれが過度になってしまう恐れはあります。イオンシネマの車椅子の炎上で騒がせた彼女がまた何かやらかしてしまったようですが、、、お互いの視点が違うだけと、インフルエンサーという知名度を持ってしまったが故にあれやこれやと、精神が未熟な人間たちによる言葉の叩きがありましたね。
彼女の性格的にも問題があったにせよ、冷静に考えれば幼い頃から身体が不自由に生きれば誰しもこういった不適切な言動は起こり得ます。
魂経験が少ないとね。
大体人間は間違える。今度は自分かもしれない。
基本的に私が見てきた身体障害の方々は心がピュアな人が多かったのですが、下手に知能があって理不尽な生き方になればそうなってしまうのかもですね。
これでお互いの考えで世界に発信したことによって企業の在り方を変えてくれれば、最終的に炎上は起きて良かったね、とも言えるのですが・・・(あまり良くはないだろうけど)
あとは本人の心持ちや精神性によるので。
私はこの世に偶然はないと思っています。障害を抱えるということは本来お互いに助け合うという意味で生まれるんじゃないんでしょうかね。
論理だけじゃ語れねぇ。
感情だけじゃ語れねぇ。
どうでもいい相手と下手に争ってないで自分のことに集中しろ。以上。
コメント