古代神話の真実と物語

神々の歴史

素戔嗚尊(スサノオ)という異邦の神ーーー出雲と天孫族の衝突史

天を統べる天照大神、月を司る月読命。

そして、荒ぶる海と境界を守護する神、素戔嗚尊。

日本神話の中でも際立って異質な存在。

彼は、天孫族でありながら、最初に”“に降りた存在だった。

歴史的仮名遣:スサノヲ、須佐之男、素戔嗚、須佐能袁、須佐能乎。

『古事記』では建速須佐之男命(タケハヤスサノオ)、速須佐之男命須佐能男命、須佐之男命、『日本書紀』では素戔嗚尊神素戔嗚尊速素戔嗚尊武素戔嗚尊、『出雲国風土記』では神須佐能袁命(カムスサノオ)、須佐能乎命、『支那震旦国皇代暦記―「日本古代史」増補編』では祖佐男命などと表記する。(名前多すぎるんじゃ。)

神仏習合では牛頭天王と同一視される。

紀元前。

まだ渡来すらしていない秦氏よりもはるか昔に、素戔嗚尊はこの列島に降り立つ。

天孫族である素戔嗚尊は天照大神の弟であり、同族である。

須佐之男命(スサノオノミコト)ってなんの神?荒ぶる神の魅力とは【日本の神さま】 | 株式会社アミナコレクション
日本神話の中でも、とても有名なスサノオ。天照大神の弟神で、古事記や日本書紀には「須佐之男命」や「素戔嗚尊」という表記で、たびたび登場します。たいへんな暴れん坊で、天上界から追放されますが、出雲の地に降りて八岐大蛇を退治したヒーローでもありま...

出雲の王となった”外来神“

最初にその神力が試されたのは、九州。

そこで絶対的な力を持っていた素戔嗚尊は、古代出雲族との戦いを制し、出雲王朝を掌握した。

そして伝説はここから始まる。

ヤマタノオロチを退け、現地の娘・櫛名田比売(クシナダヒメ)と結ばれる。

二人の間に生まれたのが須勢理姫(スセリビメ)。この姫を妻としたのが、後の大国主(オオクニヌシ)である。大国主は婿養子であって、素戔嗚尊とは別の民族と考えられる。

ちなみに素戔嗚尊にはすでに8人の皇子がいたとされ、「八王子」という地名の語源になったという説もある。

素戔嗚尊の血脈ーーー宗像三女神と稲荷神

素戔嗚尊はただの戦神ではない。

稲荷信仰の源である「宇迦之御魂神(ウカノミタマ)」──彼の次男だ。

宇迦之御魂神と秦氏の関係とは?伏見稲荷と秦氏の接点

・伏見稲荷大社(京都)の創建は、秦氏の氏神である「宇迦之御魂神」を祀ったことが起源。
・『山城国風土記(やましろのくにふどき)』逸文によると、秦伊呂具(はたのいろぐ)という人物が稲荷山に神霊を祀ったのが始まりとされている。
・このことから、宇迦之御魂神は秦氏の氏神であるとされ、日本全国に広がる「稲荷信仰」はこの氏族の影響力の大きさを物語っている。

素戔嗚尊との接点?

・宇迦之御魂神は、文献によっては素戔嗚尊の子、あるいは孫とする系譜が記されている。
・一説では、素戔嗚尊が出雲で勢力を拡大したのち、秦氏の先祖に技術や知識を授けた存在という伝承も。
・つまり、素戔嗚尊 → 宇迦之御魂 → 稲荷神 → 秦氏 という流れが見える。

項目内容
宇迦之御魂神穀物・稲の神。稲荷神社の主祭神。
秦氏との関係秦氏の氏神として伏見稲荷に祀られた。
素戔嗚尊との関係系譜上、素戔嗚尊の子または孫とされる。
重要性渡来系文化・技術と神道信仰の融合を象徴する神。

※『古事記』や『日本書紀』等の記紀神話では、素戔嗚尊との関係に対して神々の系譜は政治的意図で編纂されたという見方が学術界でも強い。

秦氏の信仰・稲荷神は素戔嗚尊系ではなく「渡来系神」かもしれない。

また、娘たちは”海と水“を象徴する神格を持ち、宗像三女神として信仰される。

市杵島姫命(イチキシマヒメ)
・湍津姫命(タギツヒメ)
・田心姫命(タゴリヒメ)

現在では、厳島神社や宗像大社に祀られている。

素戔嗚尊の血は、力だけでなく、自然との調和をも象徴していた。

天孫族による”王権の簒奪”

出雲大社と大国主大神
縁結びの神・福の神として名高い出雲大社(いづもおおやしろ)の公式ウェブサイト。 御祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)で、広く「だいこくさま」として慕われ、日本全国でお示しになられた様々な御神徳は数多くの御神名によって称えられています...

素戔嗚尊の死後、天照大神は出雲の力を掌握するべく動く。

遣わされたのは、武甕槌(タケミカヅチ)と経津主(フツヌシ)。

出雲王・大国主に彼らは言うーーーー「国を譲れ」。

しかし大国主は返答する。

この国の未来を託すべきは私ではない。素戔嗚尊の血を引く息子、事代主(コトシロヌシ)に尋ねてほしい」と。

この事代主、七福神の”恵比寿“としても知られる存在は、戦時中にも関わらず釣りをしていたという逸話が残る。

彼は国譲りを受け入れたが、納得しなかった者が一人いたーーー建御名方(タケミナカタ)。

諏訪に封じられた神

建御名方は最後の抵抗を試み、戦いの果てに諏訪(現在の長野県)に逃れた。

結果、両腕を折られ、命は助けられたが、そこから一歩も出ることを許されなかった。

この地に建御名方を祀る「諏訪大社」が生まれる。

信濃國一之宮 諏訪大社
諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社です。信濃國一之宮。神位は正一位。全国各地にある諏訪神社総本社であり、 国内にある最も古い神社の一つとされております。

短命で終わった”諏方国“は、失われた王朝の記憶かもしれない。

終わりにーーー”外来神”が残した日本の形

素戔嗚尊とは何者だったのか。

彼が支配した出雲王朝と、その血脈は、今も神社の形で日本各地に痕跡を残している。

武では支配出来なかった存在。

それが素戔嗚尊という神だった。

そして、出雲から天孫族への政権交代。

それは単なる神話ではなく、古代日本の”リアルな王権移譲”だったのかもしれない。

歴史は勝者が語るもの。しかし神話は、沈黙の側が残す”形”だ。

神社にお名前が多い神様は、地球(3次元)での活躍が多かったので守護に付く人が多いそうですよ。何か素戔嗚尊ってちょっと似てるとこあ・・・、

あ、何でもないです。読んで頂きありがとうございました。

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