I. 序論:陰謀論界隈の多層的断裂現象
A. 概要:日本の陰謀論コミュニティにおける分裂の現状
日本の陰謀論コミュニティ(陰謀論界隈)は、しばしば一枚岩として認識されがちであるが、その内部構造は極めて複雑かつ断片化が進んでいる。本報告が対象とする現象は、コミュニティが単純な二極化(賛成/反対)に留まらず、二つ、三つ、四つと分かれ、相互に排他的な領域へと細分化する動態である。この分裂は、当初、輸入された米国発の政治的物語、特にQアノン(QAnon)に関連付けられているものの 、その後の発展において、極めて日本文化特有のオカルト的識別基準や血統主義に深く依存していることが特徴として挙げられる。
この細分化された領域は、特定の政治的立場(トランプ氏支持/悪党認定)から、血筋による系譜的判断、更には反日の血筋を持つ者を識別する為の耳の形等の身体的特徴にまで及ぶ、厳格な境界メカニズムによって維持されている。これらの閉鎖的な領域は、それぞれが独自の「真実」を保持し、他の派閥との交流を避ける傾向にある。
B. 課題設定と本レポートの構造
コミュニティが共通の外部敵(エスタブリッシュメント、あるいは悪党)に対する闘争を掲げながらも、何故内部で激しい純粋性競争と相互非難に終始するのか、これが本報告の核心的課題である。この現象を理解する為、分析は二つの柱に基づいて展開される。第一に、イデオロギーの純粋性を追求する構造的メカニズム、特に血統主義や秘教的な識別の役割を分析する。第二に、コミュニティの行動原理を、感情の22段階(Emotional Guidance Scale: EGS)を用いて心理学的に分析し、怒り、差別、非難といった感情がどのように「正義の仮面」を被りながら、集団を動員・分裂させているかを解明する。本報告は、グローバルな政治的影響(トランプ支持)と、ローカルな文化的・心理的適応(EGS 、血筋、耳の形)を統合し、この特異な断裂現象の深層構造を明らかにする。
II. 構造分析:イデオロギー的純粋性と分断のメカニズム
2.1. グローバルな二極化の影響:トランプ支持/悪党認定の対立軸
日本の陰謀論コミュニティに見られる初期の分断は、主に米国政治の枠組み、特にQアノンの中心理念に基づいている。Qアノンは、民主党上層部や「ディープ・ステート」が児童虐待や人身売買といった非人道的な所業に関わっているという捏造論を唱え 、世界規模で善と悪の明確な二元論的対立軸を形成した。
トランプ大統領(当時)が、公聴会での専門家の警告にもかかわらず、Qアノンの中心理念の一部を是認し、称賛するような発言をした事実は、この陰謀論に政治的な正当性を与える上で決定的な役割を果たした。この政治的承認は、単なる情報の伝達を超え、イデオロギーの支持者に対して、自身の信念が「政治的使命」であるという高エネルギーの動機付けを提供した。
この枠組みでは、「悪党」の定義は単なる政治的対立者ではなく、道徳的、時には非人間的な基準によって定められる。この非妥協的な道徳的フレームワークは、いかなる政治的妥協や対話の可能性も排除し、集団の初期的な結束を強固にする。しかし、このグローバルな二極化は、あくまで構造の骨格に過ぎず、日本国内で政治的賭け金が低下すると、このエネルギーは内部へと方向転換され、継続的な内部純粋化の必要性を生み出すことになる。
2.2. 閉鎖的領域の形成:血統主義とオカルト的識別基準
陰謀論コミュニティが真に細分化し、それぞれが「閉鎖的で領域が違う」状態に陥るのは、政治的対立から系譜的・秘教的な基準へと判断軸が移行する時点である。
2.2.1. 系譜的判断基準の役割
「血筋」に基づいた判断、例えば特定の歴史的背景を持つ一族や、反日の血筋を持つとされる人々への非難は、極めて強力な境界設定メカニズムとして機能する。信念が外部の事実や証拠によって脅かされる場合、個人の「出自」は論理的な反証が不可能な、究極の真実の源となる。血統主義は、敵を定義するだけでなく、共同体内のメンバーシップを永続的かつ遺伝的に保証する役割も担う為、そのコミュニティの存続性を高める。
2.2.2. オカルト的識別による純粋性の極限化
・身体的特徴を根拠に、敵対者として特定する
・身体の印をもって血筋の証左とする
・耳の写真をアップで囲み、批判の対象として晒す
・特定の身体的特徴に基づき、排斥すべき対象の目印とする
・血筋を示すとされる身体的サインを指摘し、本性を暴く
ーーーといった、微細で高度に専門化された身体的特徴に基づく識別テストは、「境界線作業」の極端な例を示す。これらの任意的で、検証不可能な秘伝のマーカーは、最大の排他性を達成する為に考案されている。
これらの基準が採用される背景には、「純化の螺旋」と呼ばれる現象が深く関わっている。外部の敵(ディープ・ステートや悪党)の存在がコミュニティ内で広く受け入れられ、一般的な知識となると、最も献身的な信奉者たちは、自らの知識が他の派閥よりも優れていること、すなわち「エピステミックな優位性」を確立する必要に迫られる。この優位性は、誰もが知り得ない、より複雑で曖曖(あいあい)たるな「純粋性のテスト」を発明することで達成される。派閥Aが自己の正当性や『真の覚醒者』としての地位を確立し、対立する派閥Bよりも上位にあると主張する為には、(多くの人が共有する情報ではなく)派閥Bが認識しない、あるいはアクセス出来ない独自の識別基準(特定の身体的特徴に基づく差別的な『血筋論』等)を導入する必要がある。」 (このメカニズムは、派閥の閉鎖性と純粋性を維持する為に機能する。)
この競争的なプロセスは、必然的に相互に排他的な、閉鎖的な領域を生み出す。これらの秘教的なマーカーは、「エピステミックな閉鎖性」を保証する。つまり、コミュニティは主流派の批判からだけでなく、ライバルとなる陰謀論派閥からも遮断され、それによって内部の認知的な安定性と確信度が維持されるのである。
III. 感情のダイナミクス:EGS(感情の22段階)を用いた心理学的分析
3.1. EGSの基本構造とコミュニティの位置づけ
陰謀論コミュニティの活動を分析する際、その感情的基盤を理解することは不可欠である。エイブラハムの感情の22段階(EGS)は、感情をエネルギーレベルで分類するフレームワークであり、高い段階(1-10)は喜びや愛といった高次の、統合的なエネルギーを示し、低い段階(15-22)は絶望や恐怖といった低次の、解体的なエネルギーを示す。
それぞれの観察によれば、コミュニティの主要な動員感情は「怒り」「差別」「非難」である。この分析において重要となるのは、「怒り」のEGS上の相対的な位置である。怒り(一般的に17位に位置付けられる)は、自己卑下や無力感、絶望(21位〜22位)といった最もエネルギーの低い状態よりも、はるかに高い位置にある。
この事実が示唆するのは、これらのコミュニティのメンバーにとって、怒りは単なるネガティブな感情ではないということである。政治的に無力感を感じたり、社会的に疎外感を抱く個人にとって、怒りは低エネルギーの状態からの「解放」や「感情的な改善」を意味する。自己を責める(自己卑下)ことによって逆効果になる状態から脱却し、外向きに行動的になる怒りの表現は、一種の「ほっとする時間」を提供する機能がある。したがって、陰謀論コミュニティの活動は、「真実の探求」というよりも、自己を苛む絶望的な状態を回避し、継続的に高い感情エネルギーを維持する為の「感情的な必要性」によって駆動されている。
3.2. 「怒り、差別、非難」の機能と正義の仮面
陰謀論コミュニティにおける「非難」(EGS 18位付近)は、生の怒りを機能的な社会活動へと変換する主要な手段となる。外部の「悪党」を特定し 、非人道的な行為(児童虐待等)で告発することで、参加者たちは自分自身の社会的な不満や苦痛に対する責任を外部化出来る。
3.2.1. 正義の仮面の解体
これらの感情(怒り、差別、非難)が「正義を纏うようで、纏っていない」という鋭い観察をしている。この矛盾は、EGSの観点から明確に説明される。真の「正義」や「啓発」は、EGSの最上位(愛、感謝、権限付与)から生まれるべき建設的で高質なエネルギーである。しかし、このコミュニティの活動を駆動しているのは、EGSで中位に位置する怒りや非難である。
ここで発生しているのは、道徳的憤怒である。これは、他者を断罪することによって得られる強力ではあるが持続不可能な感情的興奮である。彼らが感じている「正義」は、純粋な目的や統合的なエネルギーから行動しているのではなく、より低位の破壊的かつ分裂的な感情(怒り)を正当化する為に「正義」を道具として利用している状態である。このエネルギーの質的な乖離が、「正義を纏っているように見えるが、中身が伴っていない」という空虚な感覚を生み出している根拠となる。
3.3. 感情の22段階(EGS)におけるコミュニティの動員感情と機能
以下の表は、コミュニティが活動の原動力として利用する感情と、それがコミュニティの機能に与える影響をEGSのフレームワークに基づいて整理したものである。
感情の22段階(EGS)におけるコミュニティの動員感情と機能
EGS感情段階(抜粋・概念) EGS順位帯 ユーザー観察との対応 感情の機能 分析的意義 怒り 17 怒り 外部へのエネルギー放出、自己卑下からの能動的脱却 継続的な動員力、行動の原動力となる 非難 18 差別、非難 責任の外部化、共同体の道徳的優越性の確立 ターゲットを定める為の必要不可欠な活動 絶望、無力感、自己卑下 21 – 22 潜在的な回避目標 最低エネルギー、社会的解体傾向 この状態を回避することが行動の心理的動機
IV. 共同体の病理と社会的影響
4.1. 陰謀論コミュニティにおける「純化の連鎖」
陰謀論コミュニティの構造的分裂は、敵の性質と深く関連している。彼らが定義する敵(「悪党」、血筋、ディープ・ステート)は、本質的に曖昧であり、検証不可能、あるいは非科学的である為、現実世界で完全に「勝利」し、解消されることがない。その結果、コミュニティが継続的に活動し、感情エネルギー(怒り/非難)を維持する為に残された唯一の手段は、内部の純粋性を絶えず監視し、テストすることとなる。
この内部監視体制は、派閥間の「競争的な秘教主義」を生み出す。各派閥は、より深い、より隠された真実、または最も特定の識別マーカー(耳の形等)を発見する為に競い合う。最も極端で反証不可能な主張ほど、コミュニティ内で高い名声と信頼性を獲得する傾向がある。これは、コミュニティ内の極端化を加速させる強力なフィードバックループである。
4.2. 領域の閉鎖性と社会的孤立
この激しい分断と純粋性テスト(バラバラに分裂する現象)は、一見するとコミュニティの弱体化に見えるが、実は個々の小規模なグループの存続を保証するメカニズムとして機能している。
細分化されたグループは、高度に専門化されることで(例:耳の形に基づく識別のみに焦点を当てる)、内部の競争相手のプールを最小化し、統治基準を単純化し、集団内での秘教的な優位性と確信度を高めることが出来る。これにより、外部の主流メディアや懐疑論者からの批判だけでなく、ライバルとなる陰謀論派閥からのイデオロギー的な挑戦も無効化される。
これらの厳格な境界線(血筋、特定の身体的特徴)は、外部の論理や証拠、あるいは他の派閥の異なる「真実」が侵入するのを防ぎ、結果的に高度な社会的孤立をもたらす。構造的な閉鎖性は、グローバルな政治的分極化(異なる政党間の相互作用の回避 )が、日本文化の文脈でオントロジー的(存在論的)なレベル(誰が純粋な人間か、誰が悪党の血筋か)にまで適用された結果であると解釈出来る。
4.3. 陰謀論コミュニティ内における分断軸と境界設定基準
分断の類型 主要な判断基準 根拠となるイデオロギー 境界設定の機能 領域の特徴 政治的スタンス トランプ支持 vs. 反トランプ派 QAnon, 米国政治輸入 グローバルなイデオロギー適合性 比較的公開的、政治的動員を志向 倫理的純粋性 善人 vs. 悪党(非人道的行為者) 道徳的二元論 共同体の道徳的優越性の確立 感情的活性化 (EGS Anger/Blame) 遺伝的・血統的基準 血筋(特定の一族、歴史的背景) 起源論、非科学的遺伝決定論 恒久的な敵の定義、批判からの防御 閉鎖的、知識の秘匿化、継承性の確保 オカルト的識別 身体的特徴(例:耳の形) 究極の秘教的知識、識別技術 内部純粋性の極限化、排他的内集団分離 究極の検証不可能性、純化の螺旋を駆動
V. 結論:断裂現象の総括と動員感情の役割
本報告は、日本の陰謀論界隈で観察される多層的な断裂現象が、単純な意見の相違ではなく、共同体の安定性と感情的動機付けを維持する為の構造的・心理的メカニズムの結果であることを示した。
構造的には、グローバルな二元論(トランプ/悪党)から派生した初期の対立軸は、国内でのイデオロギー的な優位性を確立する為に、血筋や特定の身体的特徴(耳の形)といった、より極端で反証不可能な「純粋性テスト」へと進化する。この「純化の螺旋」は、コミュニティを必然的に相互排他的な「閉鎖的領域」へと分裂させ、各グループのイデオロギー的安定性を確保する役割を果たしている。
心理的には、コミュニティの行動は、絶望や自己卑下(EGS 21-22位)といった低エネルギー状態を回避し 、怒り(EGS 17位)や非難(EGS 18位)といった高エネルギー状態を維持する為の手段として機能している。彼らが主張する「正義」は、真の権限付与(EGS高位)から生まれたものではなく、専ら外部の敵を断罪し、責任を外部化することによって得られる道徳的憤怒に依存している。この質の低い感情的基盤が、「正義を纏うようで、纏っていない」という感覚の根源である。
結論として、陰謀論界隈の分裂は、その脆弱性を示すものではなく、むしろ、内部対立を通じて自己の純粋性を極限まで高め、外部からの影響を排除し、永続的に感情的な動員状態(怒り、非難)を維持する為の、逆説的な生存戦略であると分析される。この現象に対処する為には、単に事実に基づいて陰謀論を否定するだけでなく、参加者が回避しようとしている根本的な感情的無力感に対し、代わりとなる建設的な行動と社会参画の経路を提供することが必要不可欠である。
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世界に「支配者がいること」「陰謀めいたこと」が事実だとして、「何故陰謀論コミュニティでは派閥が出来てしまうのか(分断が起きるのか)」という問いから、コミュニティの構造や、そこに属する個人の心理を深く探る視点で書きました。

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