私たちがよく耳にする「守護霊」とは異なり「自然霊」という存在は、少し理解の難しい神秘的な存在です。
これは私たちの魂の成長や、自然との関係を深く見つめる上で、とても重要な存在といえるでしょう。
自然霊とは?
自然霊とは、山、川、木、岩等の人の手が入っていない自然そのものに宿る霊的な存在です。自然の中に存在する純粋なエネルギー体であり、人間の肉体を持ったことがない存在です。
私たちが住む日本では、自然霊は特に次のような動物の姿として表現されてきました。
代表的な自然霊の系統(日本の例)
・🦝 狸(たぬき)系自然霊:八幡神(やはたのかみ)をトップとするグループ
・🦊 狐(きつね)系自然霊:宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が頂点
・🐺 狼(おおかみ)系自然霊:名前を明かしていない”存在”がトップ
更に、
🐉 龍:龍だけは全て「神」として扱われています。これは、天照大神が地球システムの守護の為に創った特別な自然霊の一種です。
宇迦之御魂神とは?
読み方:うかのみたまのかみ
意味:
・「宇迦(うか)」=「食(うけ)」=食べ物、特に穀物
・「御魂(みたま)」=霊魂・神霊
つまり「食物の霊・穀物の精霊」という意味合いがあります。
所属と系譜
・『古事記』や『日本書紀』によると、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子であるとも伝えられています(諸説あり)。
・女神とされることもありますが、性別は明確に決まっていません。
※これはこの後に語りますね・・・。
信仰される場所:代表的な神社

宇迦之御魂神は全国各地の稲荷神社で祀られており、特に有名なのは【伏見稲荷大社(京都)】
宇迦之御魂神を主祭神とする全国の稲荷神社の総本社です。
稲荷神は五穀豊穣、商売繁盛、家内安全等のご利益があるとされ、多くの人々に信仰されています。
狐との関係🦊
宇迦之御魂神そのものは狐ではありませんが、狐はその神の使い(眷属)とされています。神社にある狐の像は、神様ではなく「神の使い」として、稲の収穫を見守る存在です。
八幡神(やはたのかみ)とは?
読み方:八幡神(やはたのかみ/はちまんしん)
性格・ご利益:
・武神(戦いの神)
・国家・民衆を守る神
・農業神・商売繁盛の神として信仰されることも
実は実在の人物を神格化
八幡神は、日本の第15代天皇である【応神天皇(おうじんてんのう)】を神格化したものです。応神天皇が死後、八幡神として祀られるようになったのが始まりとされます。
「八幡」の意味
「八幡(やはた)」とは「八つの旗」という意味ではなく、「八幡大菩薩」という仏教的な称号と結びついています。
神仏習合の時代に、神でありながら「菩薩」として信仰される独特な存在でした。
八幡神を祀る主な神社

🏯 【宇佐神宮(うさじんぐう)】(大分県)
八幡神信仰の総本社。応神天皇を中心に、比売大神(ひめおおかみ)、神功皇后(じんぐうこうごう)を祀る。

🏯 【鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)】(神奈川県・鎌倉)
源頼朝が創建し、武家の守護神としての八幡信仰を強化。
狸との関係(自然霊との視点)
狸系の自然霊の頂点(TOP)に位置するとされるのが、この八幡神。神話的には登場しませんが、霊的視点では「狸=八幡系」の自然霊の象徴とされています。
狸は「変化・化ける存在」として、柔軟性や智恵、土地の守り神のような働きがあるとされます。
八幡神の興味深い特徴
日本の古代から中世にかけて、最も信仰された神の一人。
神社の数は稲荷神に次いで多い。神道と仏教が融合した独自の信仰(神仏習合)の象徴でもある。
さて、この二点を作ったとされる人物は・・・・。
【秦氏(はたうじ)と神社の創建】
秦氏とは?

「秦氏(はたうじ)」は、現在の中国内陸部から朝鮮半島を経由し、日本へ渡来したとされる渡来系氏族です。渡来した時期は4世紀頃で、日本列島にはまだ古墳文化が根づき始めた時期でした。
ダビデを祀る神社を作った「秦氏」の正体とはユダヤ人であり、原始キリスト教の集団だったのです。秦氏の名は、中国最初の統一王朝「秦」の皇帝、始皇帝(しこうてい)に由来しています。
彼らは、自らの出自を始皇帝に求める「高貴な血筋」として、日本でも特別な立場にありました。その数はなんと10万人規模とも言われ、日本に巨大な文化的・宗教的影響を与えた一族です。
日本での有力な渡来系氏族の一つで、秦氏により日本に「天皇制」や「神道」・「日本の基礎」を築かれていきました。
稲荷信仰と秦氏
伏見稲荷大社(京都)は、最も有名な稲荷神社の総本社。この伏見稲荷大社を創建したのが【秦氏】であると伝えられています。
秦氏の氏神として、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀ったのが始まり。
🔸 稲荷神=宇迦之御魂神(食物神・豊穣神・商業神)
🔸 狐=稲荷の眷属(実際には自然霊を象徴)
なので「宇迦之御魂神を中心とする信仰を、日本に根付かせたのが秦氏」ということである。
※秦氏が創建・拡大した稲荷信仰=宇迦之御魂神の信仰。宇迦之御魂神=秦氏と農耕文化の守護神とも言える。スサノオ神系は本来「海・嵐・冥界」の神で、農耕とはあまり関係がありません。
宇迦之御魂神を「スサノオの子」とする記述は、異なる系統の神を一つの神話体系に収める為に、後世で編集された可能性が高いと考えられています。
八幡信仰と秦氏

「八幡神(やはたのかみ)」は、武神・国家守護神として信仰される存在。八幡の「幡(はた)」という字は、実は「秦(はた)」に由来するという説があります。
つまり八幡神信仰の広まりや神社建立の背景には秦氏の影響があったと見られています。
何故秦氏が神社を作ったのか?
宇佐神宮に祀られているのが「応神天皇 (おうじんてんのう) 」、またの名を「八幡大神 (はちまんおおかみ) 」と言います。
八幡神社は全国に一番ある神社で、祀られている神様の正体は、第15代応神天皇なのです。
その応神天皇の母が「神功皇后 (じんぐうこうごう) 」であり、その祖先は「天之日矛 (アメノヒボコ) 」という新羅の王子です。
天之日矛は秦氏です。つまり、応神天皇も秦氏であり、明治時代までの天皇家は秦氏なのです。
秦氏は北王国イスラエルの「失われた10支族」のうち、王家である「エフライム族」であり、太祖は秦の始皇帝です。
「エフライム族」が最初に日本に到達し、天皇制と神道を作ったのです。
自然霊と守護霊の違い
守護霊:人の生死を経験し、特定の人物を見守る役割を担う霊体(通常は5柱がついていると言われています)
自然霊:自然の中で地球のシステムを支える存在。人を守ることは本来の目的ではない
自然霊は人間を直接守るような存在ではなく、自然の秩序を守る役割を果たしているのです。
その為自然霊が人間の守護に就くのは非常に稀です。どうしても守護につく場合は、生前契約や、家系的な強い縁があるケースに限られます。
龍神だけは別格?
「龍」は自然霊の中でも特異な存在です。すべてが「神」とされる唯一の自然霊であり、他の自然霊とは階層が異なります。
しかしその強力なエネルギー故、龍神が守護につく人は極めて少なくその多くは魂レベルでの契約がある特別なケースです。
※YouTubeやSNSで「龍神つけます」「運気アップします」と謳ってる人はほとんどが詐欺師なので鵜呑みにしないように(^_^;)
現代との繋がり・「もののけ姫」の世界
ジブリ映画『もののけ姫』に登場する「コダマ」や「シシ神」のような存在を思い出すと、自然霊が何を象徴しているかがわかりやすいかもしれません。
彼らは自然の生命力そのものを体現しており、人の営みによって傷つき、怒り、時に癒やしをもたらします。

自然霊と精霊って似て非なるものなのか、西洋文化に基づくものなのかまだ曖昧です。
まとめ
・自然霊は、地球を維持するための霊的存在
・人間のように個性や感情を持たず、肉体を持ったこともない
・守護霊とは異なり、人間に寄り添う存在ではないが、自然との調和を促す重要な存在
・「龍神」のみ神格を持ち、特別なケースで守護につくことがある
自然霊は、私たちが自然をどれだけ大切にできるか、自然との付き合い方を試している存在なのかもしれません。
日本人がこれまでずっとルーツだと思っていた、「平安京」や「京都市」、「神社」等は、元々日本古来のものではなく、ユダヤ人の宗教から来ているということになりますね。
おまけ:「狐憑き」の本当の意味とは?
1.本来の「狐」は悪霊ではない
「狐」は本来、稲荷神(宇迦之御魂神)の使いとされ、五穀豊穣・商売繁盛・守護・知恵の象徴です。白狐(びゃっこ)は高次の自然霊とも言われ、神社の狛狐もその象徴です。
しかし、民間信仰では以下のような解釈も広まりました。
・「狐に取り憑かれる」=体調不良・精神疾患の原因
・特定の家系に「狐がつく」と、代々不運が続くという言い伝え
これは神聖な狐のイメージと、低級霊(未浄化霊)や想念体が”狐の姿“を借りて現れることが重なった為だと考えられます。
2.低級霊や動物霊が「狐」を名乗ることがある
霊界(幽界)には様々な存在がいます。
・自然霊(精霊や神霊)は高次存在
・動物霊は自然界で命を落とし未浄化の存在
・低級霊・想念体は人間の負のエネルギーで生まれた存在
これらが人間に憑依する際、自分を「狐」「蛇」「犬」等として名乗ることがあります。
「狐憑き」とされる現象の中には、狐の姿を借りた動物霊や想念体によるものも多く、人間の精神状態(強い怒り・恐れ・執着)に共鳴して起こる場合もあります。
3.一部の「狐憑き」は、”霊媒体質”故の現象
一部の人は「霊媒体質(れいばいたいしつ)」を持っていて、エネルギーや存在に敏感です。
・強いストレスやトラウマにより、自己意識が弱くなると外的エネルギー(霊的存在)に影響されやすくなります。
・そのとき現れる”狐のような存在“は、自分の内にある未浄化な感情・カルマが形を持ったものとも考えられます。
つまり「狐憑き」とは、単なる外部からの攻撃ではなく、自分の内側と外側のエネルギーが共鳴した結果でもあります。
結論。狐憑き=悪ではない、文脈と波動を見極めることが大切。
「狐憑き」は(その他にも)、全てが「悪霊」というわけではありません。低級霊が「狐」を騙っている場合もある。
霊的な現象は自分の心や波動とも深く関係しており、心身の浄化・感情の安定・感謝の心を持つことで影響は小さくなります。
コメント