共同親権の法的深層と社会的課題 ― 子供の最善の利益と制度的現実の相克 ―

共同親権:理念と現実の狭間 意識の深層

共同親権の法的深層と社会的課題

子供の最善の利益と制度的現実の相克

序論:日本家族法における歴史的転換点

日本の家族法体系は、二〇二四年五月に成立した改正民法により、明治以来の伝統的な枠組みを大きく塗り替える歴史的な転換期を迎えた。長らく維持されてきた「離婚後は父母のいずれか一方が親権者となる」という単独親権原則が、二〇二六年四月一日から「共同親権」の選択を認める制度へと移行する事が決定されたのである。

この変革の背景には、子供の養育を「親の権利」から「子供の利益の為の義務」へと再定義しようとする、国際的な人権基準への適応と、多様化する家族形態への対応という二つの大きな潮流が存在する。

制度変革の本質

伝統的な日本法における親権は、支配的な権利としての側面が強調されてきた。しかし、国連の「子供の権利条約」の批准や、海外に子供を連れ去る問題に関連するハーグ条約の実施に伴い、離婚後も子供が両親から適切な養育を受ける権利があるという認識が社会全体に浸透し始めた。

欧米諸国では、離婚と親子関係は切り離されるべきであり、父母の協力体制を維持する事が子供の心理的な安定に寄与するという理念に基づき、共同親権制度が一般的となっている。

本報告書では、二〇二六年四月に施行される改正民法の詳細な分析を起点に、共同親権が理想とされる理念的背景、そしてその運用において直面するであろう現実的な課題やリスクについて、専門的な知見に基づき多角的な考察を行う。

改正民法の構造と共同親権の法的枠組み

二〇二四年五月十七日に参議院本会議で可決・成立した改正民法は、二〇二六年四月一日から施行される事が確定している。この改正の核心は、離婚後の親権者を「父母のいずれか一方」とするか「父母の双方」とするかを、父母の協議によって選択出来るようにした点にある(改正民法八一九条一項、二項)。

親の責務と協力義務の明文化

改正法において特筆すべきは、親権の行使に関する基本原則として、父母の協力義務が新設された点である。改正民法八一七条の一二では、父母は婚姻関係の有無に関わらず、子供の人格を尊重して養育し、子供の利益の為に互いに人格を尊重し協力しなければならないと明記された。

これは、親権を単なる「決定権」としてではなく、子供の成長を支える為の「共同責任」として位置付ける意志の表れと言える。
法的規定 内容 目的・意義
改正民法817条の12 父母の協力義務、人格尊重義務 離婚後も子供の利益の為に協力する責務を明確化
改正民法819条 共同親権・単独親権の選択制 協議又は審判により親権者の形態を決定
改正民法824条の2 親権の行使方法の原則と例外 共同行使の原則と、単独行使が可能な例外の規定

共同親権の決定プロセスと裁判所の役割

共同親権とするか単独親権とするかは、まずは父母の話し合い(協議)によって決定される。しかし、協議が整わない場合や、暴力等の事情がある場合には、家庭裁判所が判断を下す事になる。

裁判所は、父母と子供の関係、父母間の関係、その他一切の事情を考慮して、子供の利益を最も優先して判断しなければならない。

裁判所が「必ず単独親権としなければならない」ケース:
  • 父又は母が子供の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められる時(虐待の懸念)
  • 父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動(DV等)を受けるおそれがある時
  • 父母が共同して親権を行う事が困難であると認められる時

これらの規定は、共同親権が「安全を犠牲にしてまで強制されるべきではない」という現実的な配慮に基づくものである。しかし、精神的DVや経済的支配といった「目に見えにくい暴力」を裁判所がどこまで正確に把握出来るかという課題が残されている。

親権行使の実務:共同行使と単独行使の境界線

共同親権制度下において、具体的にどのような事項が「共同」で決定されるべきであり、どのような事項が「単独」で決定出来るのかという区分は、離婚後の日常生活の安定性に直結する重要な問題である。

共同行使の原則と「重要な事項」

原則として、子供の監護及び教育、居所の指定、進学先の決定、重大な医療行為、財産管理等の「重要な事項」については、父母双方が合意して決める必要がある(改正民法八二四条の二第一項本文)。これにより、別居親も子供の人生の岐路に関与し続ける事が保証される。

単独行使が認められる例外規定

  • 日常の行為:食事、服装の決定、短期間の旅行、重大な影響を与えない医療行為(風邪の治療等)、習い事の選択、通常のワクチン接種等
  • 急迫の事情がある時:DVや虐待からの避難(子連れ別居)、緊急手術、入学試験の期限が迫っている場合等
  • 他の一方が親権を行う事が出来ない時:生死不明、服役、重度の精神疾患、又は一時的な意識不明状態等
実務上の曖昧さと「グレーゾーン」の懸念:
理論上は明確な区分であっても、現実の運用では「重要な事項」と「日常の行為」の境界線が争点となる可能性が高い。例えば、私立学校への進学は重要事項とされるが、塾の選択や放課後の過ごし方はどう扱われるべきか。医療現場においては、トラブルを避ける為に双方の署名を求める過剰な防衛反応が生じるリスクも指摘されている。

経済的基盤の確保:養育費改革と法的強制力

共同親権の理念を実現する為には、子供の生活を支える経済的基盤が不可欠である。日本においては離婚後の養育費の未払いが深刻な社会問題となっており、今回の法改正ではこれに対する強力な対策が導入された。

法定養育費制度の創設

二〇二六年四月の施行に合わせ、父母間で合意がなくても一定額の養育費を請求出来る「法定養育費制度」が創設される。法務省の方針では、子供一人当たり月額二万円とする案が示されている。

これは最低限の金額ではあるが、全く取り決めをせずに離婚した家庭においても、子供の生存権を担保するセーフティネットとして機能する事が期待されている。

養育費の優先的回収:先取特権の付与

更なる実効性を高める措置として、養育費の請求権に「先取特権」が付与される事となった。これにより、養育費の支払いが滞った場合、他の債権者(一般の借金返済等)よりも優先的に相手の財産を差し押さえる事が可能になる。

項目 旧制度の課題 新制度による改善点
取り決めの有無 合意がなければ請求困難 法定養育費制度により最低額の請求が可能
回収の優先順位 他の借金等と同等 先取特権により優先的回収が可能
執行手続き 債務名義の取得に時間が必要 公正証書等があれば迅速な差押えが可能

これらの経済的措置は、共同親権という「協力の枠組み」を支える実質的な柱となるものである。養育費の支払いが安定する事は、別居親の養育への関心を維持させ、面会交流の円滑化にも寄与するという相互作用が期待されている。

親育ちプログラムと養育計画:コ・ペアレンティングの模索

共同親権が機能するか否かは、父母がいかに「元配偶者」という感情的な関係から「共同養育者(コ・ペアレンター)」としての実務的な関係へと移行出来るかにかかっている。

養育計画(ペアレンティング・プラン)の重要性

欧米諸国では、離婚時に「養育計画書」の提出を義務付けている国が多い。これは、子供の居所、面会交流の頻度、教育方針、医療情報の共有方法等を詳細に記した「生きた文書」である。日本においても、共同親権の導入に伴い、このような具体的・予測可能な計画策定の需要が急増すると見られている。

コ・ペアレンティングの三つのモデル
  • 主たる監護先モデル:一方の家を拠点とし、他方の親と定期的に交流する形式
  • 交替型(50:50):両方の家で同程度の時間を過ごす。持ち物の二重化等の工夫が必要となる
  • ネスト(巣)方式:子供は自宅に留まり、大人が入れ替わりで世話をする。子供の環境変化を最小限に抑えられるが、親の負担は大きい

親の成熟度と支援プログラム

感情的な対立が残る中で協力関係を築くのは容易ではない。その為、民間団体や自治体による「親子交流支援」や「親育ちプログラム」の実施が始まっている。週一回のチェックイン(情報共有の時間)の確保や、子供の前で対立を見せない等の基本的なルールの習得は、共同親権を「凶器」にしない為の必須条件である。

また、裁判外紛争解決手続(ADR)の活用も期待されている。家庭裁判所がパンク状態にある中、専門的な知見を持つ第三者が介入し、父母間の細かな合意形成をサポートする仕組みは、高葛藤家庭におけるクッション材として機能する可能性がある。

現実の壁:DV・虐待と裁判所の限界

理念としての共同親権は美しいが、現実の家庭環境が常に理想通りではない。特にDV(家庭内暴力)や虐待が存在するケースにおいて、共同親権の形式的な導入は子供や被害親を更なる危険に晒す恐れがある。

「目に見えないDV」のスクリーニング課題

重大な懸念事項:
身体的な暴力(殴る、蹴る等)は証拠が残りやすく、裁判所も単独親権の判断を下しやすい。しかし、モラルハラスメント(言葉の暴力)、精神的支配、経済的DV、あるいは過度な監視等の「目に見えないDV」については、物的証拠の提示が難しく、裁判所が適切に判断出来るのかという懸念が根強い。

加害者が「自分は子供を愛している」「協力する意志がある」と主張し、被害者が恐怖から沈黙したり、証拠を破棄していたりする場合、裁判所が「共同親権が適当である」と誤認するリスクがある。実際に、過去の面会交流の運用において、DVを見抜けずに無理やり会わせた結果、子供に深刻な心理的ダメージを与えた事例も報告されている。

家庭裁判所の人的・物的体制の不備

改正法を運用する中核となる家庭裁判所は、既に深刻なリソース不足に直面している。令和四年の統計によれば、家事調停の平均審理期間は七・二ヶ月を要しており、事件の長期化が常態化している。

  • 裁判官の負担:一人当たりの担当事件数が五百件に達するとの指摘もあり、個別の事案を精査する時間が限られている
  • 調査官の不足:子供の心理状態や家庭の実態を調査する専門職(調査官)が不足しており、特に地方支部での体制は脆弱である
  • 資質の懸念:調停委員や裁判官の中に、DVの力学や心理的トラウマに関する理解が不十分な者が含まれているとの批判がある
このような体制下で共同親権の申し立てが急増すれば、審理は更に長期化し、子供は不安定な板挟み状態に置かれ続ける事になる。政府は具体的な拡充案を示しておらず、最高裁判所の判断に委ねる姿勢を崩していない点は、制度の健全な運用における大きな懸念材料である。

子供の心理的安全性:面会交流と再トラウマ化のリスク

共同親権の議論において、しばしば「親と会う事=善」という図式が前提とされる。しかし、児童心理学の知見に基づけば、子供の幸福は単なる「接触の有無」ではなく、「心の安心感」に依存している。

恐怖としての面会交流

DVや激しい葛藤を経験した子供にとって、別居親は必ずしも愛着の対象ではなく、むしろ「恐怖の対象」である場合がある。裁判所による強制的な面会交流や、共同親権に基づく頻繁な連絡は、子供にとって過去のトラウマを呼び起こす「再トラウマ化」の場となり得る。

子供が「会いたくない」と明確に拒絶している場合、それを「同居親による洗脳(片親疎外)」と短絡的に結び付ける考え方も存在するが、実際には子供自身の正当な防衛本能である事も多い。子供の声を無視して面会を強行する事は、子供を「親の所有物」として扱うパターナリズム(父権主義)への回帰であり、子供の権利を侵害する行為に他ならない。

子供の心理を尊重する為の専門的アプローチ

子供の真意を汲み取る為には、裁判所のような威圧的な場所ではなく、子供が信頼出来る専門家(小児精神科医等)による継続的なケアと観察が必要である。言葉で表現出来ない幼い子供の意思を、プレイセラピー(遊戯療法)における攻撃的な遊び等の非言語的な言動から読み解く高度なスキルが求められる。

また、面会交流の実施にあたっては、「会わせる事」を目的にするのではなく、「会わなくても繋がっている安心感」や「将来的に選べる余地(余白)」を残すという視点が重要である。親の寂しさを埋める為に子供を道具として使うような共同親権は、制度の本質から最も遠いものであると言わざるを得ない。

国際的な視点と日本型共同親権の特異性

共同親権を既に導入している欧米諸国においても、決して全てが順調に進んでいる訳ではない。日本の制度設計は、これら先行事例の「失敗」と「成功」の両面から学ぶ必要がある。

欧米の「高葛藤家庭」への対策

  • ペアレンティング・コーディネーター(PC):父母が合意出来ない細かな日常の決定を、裁判官に代わって下す権限を持つ専門家
  • コッヘム・モデル:ドイツのコッヘム地域で始まった、弁護士・裁判所・心理学者が密接に連携し、離婚直後から父母に協力を促す多職種連携モデル

これらの制度の共通点は、司法が「判断を下して終わり」にするのではなく、離婚後の生活が安定するまで「伴走し続ける」点にある。日本が二〇二六年に導入する制度は、あくまで「選択肢の提供」に主眼が置かれており、その後の継続的な紛争解決や支援体制については、まだ途上の段階にある。

日本独自の「協議離婚」という不確実性

日本において最も多い離婚形態は、裁判所を介さない「協議離婚」である(約九割)。改正法においても、共同親権はまず協議によって決まるが、ここでのDVスクリーニングや養育計画の妥当性をチェックする仕組みが不十分である。

一方の親(特に経済的に強い側)が、「共同親権に応じなければ離婚しない」「養育費を払わない」といった条件を提示し、被害親が不本意ながら共同親権に同意してしまう「強要された合意」のリスクは極めて高い。欧米では離婚時に公的なチェックが入るのが一般的であるが、日本の簡便な協議離婚制度と、介入が必要な共同親権制度の間には、制度的な不整合が存在している。

制度施行に向けた課題:親の成熟度と社会的支援

二〇二六年四月の施行に向け、我々が直面している課題は法整備だけに留まらない。制度が血の通ったものになる為には、社会全体の意識改革とインフラ整備が不可欠である。

「会おうと思えば会える」という精神的余白

共同親権が真に機能するのは、親同士が「感情」と「養育」を分離出来た時である。自分の寂しさや元配偶者への復讐心を子供に押し付けず、子供の人生を尊重出来る距離感を保てるかどうかが、親の成熟度の指標となる。

その意味で、「いつでも会える権利があるから無理に会わせる」のではなく、「会おうと思えば会える環境にあるからこそ、今の子供の生活を優先して見守る」という選択肢を持つ事こそが、共同親権的な精神の到達点と言える。親が「繋がる権利」を主張するのではなく、子供が将来的に自らの意思で「選べる余地」を残しておく事。この「余白」の創出こそが、制度の本来の目的であるべきだ。

支援団体と行政の役割

現在、日本各地で親子交流支援団体が活動を広げている。当事者間での連絡が難しい場合に、受け渡しの補助や見守りを行うこれらの団体の役割は、今後更に増大するだろう。

支援の種類 具体的な内容 期待される効果
面会交流支援 立ち会い、受け渡しの代行 父母の接触回避、子供の安全確保
養育計画作成支援 具体的ルールの策定補助 将来的な紛争の未然防止
親育ちセミナー 共育・共助の意識啓発 親の心理的変容、葛藤の低減

行政においても、離婚届の受理時に養育計画の作成を促す窓口相談の充実や、DV被害者への適切な情報提供等、法務省、厚生労働省、こども家庭庁等の府省庁間の密接な連携が求められている。

結論:制度万能論を超えて

二〇二六年四月から始まる共同親権制度は、子供の利益を守る為の強力なツールになり得る一方で、運用を一歩間違えれば、子供を終わりのない父母間の紛争に巻き込み、安全を脅かす凶器ともなり得る。

共同親権の理想は、離婚後も子供が両親の愛情と関わりを享受出来る環境を作る事にある。しかし、その前提となるのは、父母が互いに子供の人生を尊重出来る成熟度を持っている事、そして社会がそれを支える十分なセーフティネットを提供している事である。

最終的に守られるべきは、親の「後悔」でも、社会の「正義感」でも、世論の「あるべき論」でもない。
その子供が、今日と明日を、恐怖や不安を感じる事なく、安心して生きられるかどうか。それだけである。

法制度はあくまで「器」に過ぎない。その中身を埋めるのは、我々社会全体の、子供の心理的安全性に対する深い理解と、個別の事情に寄り添う柔軟な支援体制、そして何より、親自身の「子供を一個人として尊重する」という覚悟である。

共同親権の本質とは、断絶を固定化しない「余白」を社会の中に確保し、子供が自らの足で歩み出すその日まで、父母が静かに、しかし確固たる責任を持って見守り続ける仕組みそのものであるべきだ。この大きな社会的実験の成否は、我々一人ひとりが「子供の最善の利益」という言葉の重みを、どれだけ真摯に受け止められるかにかかっている。

参考文献・引用元